今日も《しあわせの重ね煮ヒストリー》を
お届けしていきますね。
中学時代の話、始まります^^
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塾と家庭科が大の苦手?!
【高校入学まで】
小学校5年生の時、弟の健康を心配した両親が
緑の多い場所を求めて、奈良へ引っ越しました。
(弟は今ではすっかり元気です)
生駒山のふもとの畑の中を
小豆色の電車がごとごと走る田舎です。
ここでは、さらにのびのび遊びました。
放課後や休日は弟と近所の男の子と一緒に
ドッジボール、鬼ごっこ、宝探しなどして
真っ黒になってよく遊びました。
このころの好きな教科は音楽と体育、
苦手な教科は自信を持って家庭科。
調理実習が特に苦手!
家で料理をしないので、
どう動けばいいのかわからない!
始終ウロウロしていて、食器洗いでなく
食器拭きをしていました 笑。
中学入学。
4歳から続けていたピアノでコンクール入賞
もしており、音大へ行くことをぼんやり
考えていました。
「音大へ行くなら運動部は絶対ダメ!
指にケガをするから! 」
母の猛反対にあい、
ソフトボール部か剣道部へ入りたかったのを
やむなく美術部へ。
(絵は大の苦手なのですが、「苦手を克服しなさい」と言われ、
半ば無理やりでした→克服ならず、今も苦手です^^)
結局、高校受験前に音大へは行かないことを
迷わず決めて現在に至るのですが。
そして、もう一つ母から、、、
「中学生になったのだから勉強しなさい」
ということで、塾へ入りました。
まあ!
これが私にとってはものすごい苦痛でした。
周りは小学校の頃から通っている子ばかり。
途中入塾なのでなんとなく居心地が悪く、
わからないところを聞きたくても勇気が出ず聞けない。
反対に、自分がわかっている問題を質問する生徒がいると、
その間は退屈。
ある日、定期試験期間中ということで、
塾の授業が急に自習になりました。
周りの皆は「やった~!」とそれぞれの勉強を
始めていましたが、
私は自習になることを知らなかったので、
試験勉強の準備を持っていませんでした。
思い切って先生に声をかけました。
(これが塾内で初めて声を発した時かも。)
「先生、帰っていいですか?」
自分がやりたい勉強がここでは出来ない、
家へ帰ってやろうと思っての質問だったのですが、
慌てた先生の顔を不思議に思ったのを覚えています。
その後もどうにも馴染めず、
母に懇願して塾は辞めさせてもらいました。
頑張って通った期間は半年間でした。
それ以来、大学受験でも私にとって塾はトラウマ。
避けてきました笑。
しあわせの重ね煮ヒストリー
続きは、
普通のJK、土壇場の真剣勝負!
【大学入学まで】
【しあわせの重ね煮ヒストリー記事一覧】
②塾と家庭科が大の苦手?!【高校入学まで】(今回の内容)
⑤別人やん!?にショック!人生初のダイエット【社会人となって】
⑥母子で病院通いの薬漬けな生活!?【長男出産から重ね煮との出会いまで】
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